対応性の遅さと、情報量の少なさと、手工業的しんどさ


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Cnetによると、
今は全世界的に「コンテンツの『つまみ食い』現象」が進んでいて、
重厚壮大なものよりも、
ミニゲームや1曲ごとの購入や短いニュースや短いメールといった、
手軽短時間に消費できるものに需要が集中しているそうですね。

というコラムを読んでいて、
ふと、村上春樹のこんな言葉を思い出しました。

 

小説の本当の意味とメリットは、むしろその対応性の遅さと、情報量の少なさと、手工業的しんどさ(あるいはつたない個人的営為)にあると思うのです。

 小説以外のメディアが小説を超えているように見えるのは、それらのメディアの提供する情報の総量が、圧倒的に小説を超えているからじゃないかと僕は思っています。それから伝達のスピードが、小説なんかに比べたら、もうとんでもなく早いですね。おまけにそれらのメディアの多くは、小説というファンクションをも、自己のファンクションの一部としてどん欲に呑み込んでしまおうとする。だから何が小説家、小説の役割とは何か、という本来的名認識が、一見して不明瞭になってしまっているわけです。それは確かです。
 でも僕は小説の本当の意味とメリットは、むしろその対応性の遅さと、情報量の少なさと、手工業的しんどさ(あるいはつたない個人的営為)にあると思うのです。それを保っている限り、小説は力を失わないのではあるまいか。時間が経過して、そのような大量の直接的な情報が潮を引くように引いて消えていったとき、あとに何が残っているかが初めてわかるのだと思います。(「村上春樹、河合隼雄に会いにいく 」129ページ)

 
 
これは小説について書かれた文章なのですが、
小説だけじゃなく、日々の生活の中でのいろいろな物事にも、
応用可能な視点じゃないかなと感じています。

大事ですよねえ、こういうの。
ただ、思うことは簡単だけど、
実際に日々の生活や言動、判断の中にこれを生かすのは、
もしかしたら現代だと結構難しいのかもしれませんが。

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