★★★ URLが変わりました。新URLはhttp://kotoripiyopiyo.com/です。お気に入りの登録変更などよろしくお願いします。(詳細)。 ★★★

« 新 Quarter Pounderに並んでみた
古 » ベランダ農業をはじめたけど

デジタルネイティブと英語

NHKスペシャル「デジタルネイティブ」のサイトデジタルネイティブ度を診断したら、高得点すぎて軽く凹んだいちるです。みなさんこんにちは。

 
Digital20081113

 
この番組も見ました。
全体に通底していたメッセージインターネットを使いこなすと、世界中とつながって、今まで想像もしなかったような可能性が次々と開けるよ」みたいな感じでしょうか。

いろんな具体例が出てきて面白かったです。今、世界中で、ネットを介して、

  • 世界中の見ず知らずの人と仲良くなっていく
  • 学校教育に頼らず、自分の興味のあることをネットでどんどん調べ深く学んでいく
  • やりたいことをメッセージとして出して、コミュニティを作る
  • これらを、非常に軽快に、ストレスなく行う

みたいなことがたくさん起きているんですって。確かにギズモードの編集をしていても、そういう世界があることは肌で実感しますね。

 
ただ……この意見に賛成かというと、僕はちょっと懐疑的です。
これって、実際は、

インターネットを使いこなすと、世界中とつながって、今まで想像もしなかったような可能性が次々と開けるよ」

じゃなくて、

英語を使いこなすと、世界中とつながって、今まで想像もしなかったような可能性が次々と開けるよ」

じゃないかなー、って。

世界中に流暢じゃない英語でコミュニケーションを取れるエリアが広がった結果、たくさんの人と繋がることができるようになった、という。ネットはそれを加速しているけど、最も基本的なツールはネットじゃなくて英語じゃないか、と感じました。

 
-------------------------------------

 
と、いうわけで、全然そんなつもりなかったのですが、急に、ここ何日かネットで話題の、「日本語が亡びるとき」とか江島健太郎さんの苦悩とか小飼弾さんの絶賛とか分裂勘違い君の反論とかとテーマが被って困りました
ここからは急に別エントリーになり、おっかなびっくり本件について自分の意見を書いておきます。といっても「日本語が……」は読んでないので「英語と日本人について」というテーマの作文になりますが。

確かに英語が使えると超ウルトラ便利なのは間違いないのですが……
でもですね、僕個人としては、日本語オンリーなのも悪くない、とも思うのです。
それこそが、今の日本を、狂ったようなガラパゴス的独自性へと導いたんじゃないかと思うからです。

僕は弟がシンガポールに住んでいるので時々行くのですが、「ハリウッドとMTV風味のノリに占拠された」あそこの文化にいると、日本カルチャーの多様な豊かさを強く感じます。
ここで言ってる「カルチャー」は、源氏物語とか夏目漱石じゃなくて、そして一部のオタクカルチャーだけでもなくて、漫画や音楽やファッションや小物や食文化やアートなど全般のことです。いやほんと独特だし、今世界の若者の間で、日本のカルチャーは明らかに独自の地位を築きつつあります。ハマった人にとって日本は羨望の的であり聖地と化しているし、嫌悪している人でも、明らかに「違う」ということだけは判っています。
そして、そこまで独特な先進国って、珍しいです。ギズモードやってると、それが痛いほどよくわかります。

確か80年代くらいは、「個性を伸ばそう」というスローガンが国中を駆け巡っていたような気がしますが、気がついてみれば、日本は世界のどこにもない、オリジナリティ溢れる国となってしまいました。
何故でしょう? 僕は「日本人の多くが英語が苦手」だったのが逆に良かったんじゃないかと考えています。だから世界の潮流と足並みをそろえることが出来なくて、取り残され、こじれにこじれ、発酵して、例えばDenpaみたいなものにまで発展していったんじゃないかと。

英語ペラペラな人も素晴らしいですが、同時に、英語できない人も、もしかしたら上に書いたような意味で、ベクトルは違えど同じくらい素晴らしいのかもしれません。人間万事塞翁が馬で、何が幸いするかわからないですし。

 
あと、これはただの直感ですが、なんとなく日本って、これからも集合的な無意識というか民族の知恵みたいなものが働いて、結局は英語が話せない相当数の人が残って、日本の独自すぎるノリを維持していくような気がしますけどね。それが時代によって、日本が世界から取り残される原因になったり、世界から注目される原因になったり。いずれにしろ、いつまでも「あそこってちょっと違うよね」という傍流な立場で居続けるという。
よくわからないまま話して恐縮ですが。

 
 
日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
水村 美苗 (著)

[Amazonで詳細を見る]

最近の記事

« 新 Quarter Pounderに並んでみた
古 » ベランダ農業をはじめたけど


トップページ

全バックナンバー(よりぬき小鳥、月別、カテゴリ別)

このページの一番上へ


コメント一覧

文化の中心地を自負してたフランス人が、あれだけ日本に来たがってる、ってことはそれだけ強力な磁力を持ってるんだと思います。日本の文化が。

昨年のフランスからの観光客が13万人程度なんですが、秋葉原ですれ違う外人さんからフランス語を聞くことがとても多いです。数百万人来てる韓国人の韓国語よりも多いような。

ガラパゴスがガラパゴスだけである程度完結している時代なら良かったのですが問題は少子化や経済停滞の観望の中、激動する世界とグローバル化の波に嫌でも巻き込まれていくことが今のこの日本語についての危機感なのかも知れませんね。

日本がバブル時代のように絶頂ならむしろこのガラパゴス化って称賛されていたのでしょうが今はそれだけじゃ先が見えない。
外を見なけりゃ、スタンダードを取り込まなきゃジワジワと衰退していくだけという悲観。

そんな中で日本の文化や習慣が個々のレベルでロンサム・ジョージになっていくのをただ眺めていくべきか?

もう日本には髷をしてる人はいないし、帯刀もしていない。
江戸時代の人が今の日本を予想したでしょうか?

個性は素晴らしい、でもそれだけではシュリンクしていくというジレンマの中で何を守りどれを取捨選択していくべきかという岐路に立たされているのでしょう。

なるほど、鎖国時代の日本みたいですね。

英語に支配されてもはや誰も古典が読めない国もあるんですよね。(普段意識しないが)古文を原文で読めることのうれしさといったらもう。

>秋葉原ですれ違う外人さんからフランス語を聞くことが
とても多い
それはフランス語圏の外人の方が多いからかもしれません。(フランス語を話すからフランス人とは限らない)
フランス語はベルギーやオランダやスイスの一部など他の
国々でも母国語として使われていますから・・すみません、
あげ足を取るつもりではないのですがご参考までに。^^

ワタシもこの番組を見ましたが、英語の件については感じた
ものの、後半の「だからこそ日本は・・」とまでは思いつき
ませんでした。なるほど・・・
そういう視点から日本文化を見ると面白いかもですね。
考えるヒントをありがとうございます。^^

すみません、訂正です。
オランダの母国語にフランス語はありません。
勘違いしてしまい、申し訳ありませんでした。
(同時期に旅したルクセンブルグと混同してました・・・)
あと、母国語と母語は意味が違ってきますので、上記の
ワタシのコメントは母国語ではなく母語というご理解で
お願いします。(重ね重ねすみません・・・)

ちなみに世界の言語に関してこのような表記がありました
のでご参考までに。^^
http://www.infoplease.com/ipa/A0855611.html

本日、苦手な英語でプレゼンしなくちゃいけないのに
当日PCが不調で本気で泣き出したくなる夢を見ました
(夢の中できれいな司会のおねーさんに『でも、あなたの
発表時間15分は変わりませんから』とあっさり言われた)。
夢とは言え、こんどこそ本気で勉強しようと思いました。

フランス語を話す方がフランス国外にもいるのは承知していますが、日本に来てる数としてはフランス人に比べると遙かに少ないです。

大変面白く読ませていただきました
ただ、英語を使いこなせる人「も」いたからこそ今の日本の(良いも悪いも含めた)独自性があり、またそれが世界でも認知されているのかな、という気はします

とはいえ、英語コンプレックスとでもいうのか、とにかく「英語、英語」というのはもったいないというか、何か違うんじゃないかなぁと常日頃思いながら、その理由を自分自身でうまく説明できなかったのですが、こちらのエントリーを拝読して何かが腑に落ちたような気がしました
ありがとうございました!

シンガポール在住の者ですが、ここは英語がかなり通じるという意味では、かなり特殊な国だと思います。文化的に英語圏に完全に征服されているようには確かに思いますが、それはここが人口500万人も満たない、小さな国だからかと。例えばサッカーなんぞはここのリーグ(Sリーグw)はお粗末なものですからね。
話し変わって日本ですが、中国中東アフリカその他、非ヨーロッパ系の国の中では英語は随分通じる方だと思いますよ。あくまで個人的な印象ですがね。

これに関するかな~と思えるとても面白い本があります。『フランス語のはなし―もうひとつの国際共通語』ジャン・ブノワ・ナドー (著), ジュリー・バーロウ (著), 中尾 ゆかり (翻訳) 大修館書店。カナダ・ケベックの仏語話者と英語話者のカップルによる、「英語で書かれたフランス語の歴史の話」なのです。それを日本語で読める私達は本当に幸せ。フランス語版を買ってフランス人達の読ませたいのですが、アマゾン・フランスなどのサイトでは品切れか、売っていないのですよ。日本語も、特に文献の翻訳状況から見ると、英語・仏語・スペイン語のような「世界語」のひとつになっていると言っていいと思います。90歳の元大学教授に聞いた話ですが、マルクスの著作が選集という形であれ、最初にシリーズとしてそろって出版されたのは、ドイツ語でも英語でもなく日本語だったそう。(確か1932年と聞きました)ということは、中国で共産革命を起こしたエリート達は日本語でマルクスを最初に読んでいたとか...、世界史における日本語の役割、と言うのもどこかにあるのにまだ良く語られていないのだと思います。この例はもしかしたらトンデモかもしれません、確認していませんのであしからず。でも、上記の本は本当に面白いです。特に英語とフランス語の関係が良くわかります。長いコメントで失礼。

こんばんは。はじめまして。
デジタルネイティブについていろいろ見て回っていてたまたまたどり着きました。

インターネットではなく、英語を使いこなすと…なるほど、一理ありますね。
インターネットが使えても結局日本語しか使えなかったらほとんど日本人としか繋がれないですよね、実際(笑

ただ、ここからは私の妄想なのですが、「インターネットを使いこなすと…」な世界はいずれ来るのだと思います。
もっと厳密に言えば「ソフトウェア(サービス)を使いこなすと…」となるのではないでしょうか。

デジタルネイティブ的な発想が広がるにつれて、インターネットは『意識されないもの』になっていき、人々の目の前にあるソフトウェア(サービス)のバックボーンとして暗躍するようになるでしょう。
どんな国の言葉も翻訳することができます。細かいニュアンスも…となるとまだまだ難しいものですが、いつか某猫型ロボットのアイテムのようにソフトウェアが言葉を自動的に通訳し、自分の国の言葉で全ての国の人と自由に会話することができるようになるのではないかなぁなんて妄想がとまりません。
そこまでいくと今の「英語を使いこなすと…」の世界がまた違った姿になっていくのではないかな…と。
わくわくしてしまいますね。(何を一人で勝手に…

そんなデジタル社会が到来したとき、日本の独自性はどこへ向かっていくんでしょうね(笑

って、はじめましてなのに長いコメントですみません。
面白い記事に刺激を受けてしまいました。ではでは。

コメント投稿

※承認されるまでコメントは公開されません


はてブ(実験中)


トラックバック

◆この記事用のトラックバックURL:
※トラックバックが反映されるのに時間がかかる場合があります
http://www.typepad.com/services/trackback/6a00d8341bfbdf53ef010535ebda01970b

◆トラックバックしてくれた記事一覧:

« 新 Quarter Pounderに並んでみた
古 » ベランダ農業をはじめたけど


トップページ

バックナンバー一覧(よりぬき小鳥、月別、カテゴリ別)

このページの一番上へ

お知らせとか

よりぬき小鳥

たぶんオススメしてもいいんじゃないかな…という記事の一覧です。
↓↓↓

最近のトラバ

Twitter Status :

よりぬきレビュー

» もっとレビューを見る
rss.gif
旧小鳥ピヨピヨのはてなブックマーク数
小鳥ピヨピヨのはてなブックマーク数
Powered by TypePad