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脚本家や演出家に最も必要な能力
またしてもちょっと真面目な話。
この数年間、脚本家や演出家に一番必要なスキルってなんだろう?
と考えては、その答えは「シミュレーション能力」だと思っていた。
経験則によって脳内に100人のサンプルを作り、ひとつひとつのアイディアを
そこに投げかけては100人それぞれからどんなリアクションが返ってくるかを
シミュレーションする能力だ。
(ちなみになぜ「100人」かというと、「100人の村」的な
さまざまなリアクションの“割合”を調べなくてはいけない
ということがひとつと、僕の場合は無意識に芸人として昔
よく出させていただいたキャパ100人程度のライブハウスを
脳内に想定してリアクションをしミュレーションしているためです)
しかし、どうやらこのスキルは経験則によって手に入れられる人と
そうでない人がいるということを常々疑問に感じていた。
そこでふと、小林秀雄氏の本に書かれていた事を思い出して
別の答えへとたどり着いた。
「文学(歴史)研究において大切なことは客観視で測るのではなく、
その人の主観を自分の中に再現して理解することだ」という話。
僕が脳内に作っていた100人は漠然と経験則とリサーチによって
自然に出来上がった「客観」だと思っていたけれど、
実はそれは100人分の「主観の集合」だということに気がついた。
作品によってターゲットになる人は違うので、その都度機敏に
脳内の100人を入れ替えなくてはいけない。
これはリサーチや経験則だけで備わるものではなかった。
では、そこに必要なスキルは何か?
それは「あらゆる人を理解する観察力」と
「その人になりきって感情を自分の中に再現する能力」…
つまり「芝居」だった。
芝居とは、架空の人間のプロフィールや生い立ち、境遇などの情報から
その架空の人間の「感情」をシミュレーション&表現するスキルだ。
簡単に言えば「与えられた情報から人間の感情を再現する」能力である。
この芝居のノウハウと引き出しがない人は頭の中にターゲットとなる人
100人を再現できない。
つまりアイディアの客観的なシミュレーションができず、
判断の上で個人の主観的な好みが最大の物差しになってしまう。
庵野秀明さんが「エヴァに出てくるキャラは全部自分だ」とおっしゃっていた。
表現者は自分が理解して「芝居」ができる人間しか表現できない。
さらに観る人のリアクションも自分が理解して
「芝居」ができる相手じゃないと想定できない。
よくモノ作りの基本的なアドバイスとして「必要なのは人間を知ること」
なんていう言い回しを見かけるが、おそらくそれとこれは同じことで、
より具体的に言うと「その人の主観を再現できるようになること」
なのだと気がついた。
以上の経緯で、脚本家や演出家のみならず表現者全てに一番必要なスキルは
「芝居」のノウハウと「芝居」できるキャラの引き出しの多さだ、
というのが今のところの僕の結論です。
もちろん偉そうな事を言いながら僕だって完璧に出来ているとは思っていない。
ただ、知識としてこれに気づいている人も少ないように思う。
ここまでに「芸人として定期的に生の舞台に立ってきたこと」と
「演劇を経験したこと」の2つがかけがえのない財産になっていたことに気がつく。
もっともっとたくさんの人を知って、自分の中に再現できるよう精進しよう。
でもね、この話、裏を返せば「いつでも必要なターゲット100人の芝居が
できるようになれば、マーケティングなんてものは必要ない、ってこと。
「芝居」が出来るようになるために最初にマーケティングを1回すれば、
あとはいつでも自分の中のバーチャルマーケティングが出来るようになる。
そしてきっと、上手に生きている人はそれが出来ているんだと思っている。
ちょっと話はそれるけど、脚本家や演出家は全てのアイディアに対して
この「脳内100人のシミュレーション」を頑張ってやっている
(少なくとも本人はやっているつもり)なのに、形として提出するものは
アイディアやテキストなので、誰にでもできる簡単なことだと勘違いされがち。
誤字脱字を直してもらうならともかく、それを理解できない人に
一箇所でも勝手に手を加えられれば全ての計算が狂うし、
単語ひとつでも直しがあればもう一度100人のシミュレーションが
やり直しになる。
クリエイティブを扱う人には心底これを理解してほしい。
プロが書いてきた楽譜を勝手に書き直したり、
絵画に勝手に筆を加えたりはしないのに、
アイディアとテキストはなんでこんなに安く見られるんだろうなぁ…
みんな「ラーメン」と「お笑い」には厳しい評論家になるのと同じ現象。
October 29, 2014 | 固定リンク | ()
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