ハガキでのネタ投稿あれこれ


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超びっくりして、かつ過去のトラウマを思い出しました。

僕が「BlogTV」の第1回に出演したときにお会いした、
人気構成作家の北本かつらさんって、
あのジャンプ放送局の天才ハガキ職人「竜王は生きていた」さんなんですってね!

  

Not Foundより:
万が一、「竜王は生きていた」を知らない人に簡単に説明しておきますと、僕が小学校の頃、週刊少年ジャンプの巻末にジャンプ放送局っていう読者ネタ投稿ページがありまして、そこで圧倒的強さを見せていたのが、ペンネーム「竜王は生きていた」だったんです。僕も当時は6年連続でクラスで1番面白いと言われる笑いの神童だったのですが、このジャンプ放送局には何度投稿しても一度も掲載される事がありませんでした。同じネタをサンデーに送ったら載るのにジャンプは載らない。それほど当時のジャンプ放送局のレベルの高さは尋常ではありませんでした。そのハガキ職人の甲子園で、史上初の二連覇を達成した男、そしてワンシーズン最高得点を叩き出した男、その御大こそがペンネーム「竜王は生きていた」だったんです。
シェルター過去ログより:
 『週刊少年ジャンプ』の部数が500万部を突破し(最高記録は95年7月の653万部)、上り調子にいた1989年から1990年にかけて。読者ページ「ジャンプ放送局」には伝説の投稿戦士がいました。JBSⅡ3代目レース(88年下期)・4代目レース(89年上期)を連続優勝した「竜王は生きていた」さん。V2を果たした時の89年32号の「ジャンプ放送局」では素顔を出すも、コミックスの「JBSを彩るスターたち」のコーナーでは2巻とも(10巻と 11巻)顔写真を貼り付ける部分を↑のイラストで済まし、謎な人でした。
 「”竜王は生きていた”って、今何やってるんだろ?」と話題に上ることも多い「竜王は生きていた」こと北本かつら氏は、「トリビアの泉」「エブナイ」「ワンチャンス」等を手がける(た)、人気放送作家になっているようです。

 
BlogTVでお会いしたときは、
僕は恐縮ながら北本かつらさんのことを存じ上げなくて、
「なんか面白くて力が抜けてる人だなあ」
くらいの印象しかなく、仲良くお話していただけだったのですが……

「竜王は生きていた」さんだと知っていれば、
もっと全力で敬意を表したのに……

 
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ところで、昔は雑誌へのハガキ投稿が大流行してましたが、
僕は、参加しませんでした。

理由は、あるトラウマがあったからです。
それを僕は、「ネタを大人にパクられ事件」と呼んでいます。

 
僕が小学生のとき、「ログイン」というパソコン雑誌の、
新流行言葉募集か何かのコーナーに、

「『うっそー』を『うにょーん』って言うと面白いよ」

という投稿をしたことがあります。

しかしそれは採用されませんでした。

そして翌月
同じ雑誌の編集部便り欄を見ると……
編集者の一人が、

「みんなー! これからは『うにょーん』という言葉を流行らせるぞー!」

と叫んでいるではないですか!

 
それ僕のネタだよ!
少年いちるは憤慨しましたが、
しょせん子どもで、抗議の仕方も判らないし、
当時はブログで自分の正統性を主張することもできないし、
泣く泣く諦め、それ以来、

「大人って傲慢だ」
「自分で自分を守らなくてはならないのだ」

などの、タイガーマスクのエンディング曲のような
厳しく悲しい現実についての教訓を学んだのでした。

 
侵した方と侵された方では、
その事件の記憶の持続時間が全然違います
(by 糸川英夫「モーツァルトと量子力学」)。
もう20年くらい昔の話ですが、
未だに思い出すと嫌な気持ちになるもんなー。

 
 
ジャンプ放送局 24
さくま あきら

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